青焔会報 1992年8月号

 
   
N子ちゃんの魔法  
米山郁生
 
   

 もう五年程前になる。可愛らしい事件も時効になったので記してみる事にした。当時小学校三年。今は研究所も辞め、高校受験で頑張っている。

 新栄教室。児童画の絵の具は教室に保管する事になっている。N子ちゃんが入会して半年、彼女の絵の具箱は、魔法を使った様にいつも新品が揃っている。毎週、毎週、絵を描いて半年経っても新品である。

 魔法使いのN子ちゃんがどんな手品を使うのか、じっと様子を伺う事にした。絵を描き終えて教室の絵の具ケースにしまう時、見事な手さばきで今日使った絵の具を、他の子の新品の絵の具と替えてゆくのである。お見事その手際よさに、内心拍手を贈った程だ。

 魔法の解けた絵の具の正体に、N子ちゃんが帰った後、四分の一程の絵の具を、他の子の使いかけの絵の具と替えておいた。次の週、不振そうに絵を描き終え、又、魔法をかけて帰っていった。今度は私も半分程替えておく。翌週。ふたを開けたN子ちゃんは、ヒステリックに筆を画面にぶつけなぐり描きで仕上げてしまった。絵の出来も早々にして魔法を使うと、絵の具をぐるぐる巻きに縛って、一番奥にしまい込み帰っていった。

 一週間。私の時間はたっぷりある。今度は全部入れ替えてしまった。中にはペッチャンコの絵の具も丁寧に並べた。さて翌週、研究所に入って来るなり絵の具箱を取り出し、開けてびっくり、“きったねえ、感じ悪りい、先生 私の絵の具を誰か取り替えた!”と大声で叫ぶ。“そうか、感じ悪りいか”と眼を覗き込む。“うん、感じ悪りい!”段々と声が小さくなる。

 その日以来、彼女の絵の具箱は、魔法が掛からなくなった。我が儘でぶっきらぼうであったN子ちゃんは、他の子の面倒見が良くなり、私の手伝いもよくしてくれる様になった。

 研究所では、魔法の掛け合い、知恵比べも時々起きるが楽しいものである。悪戯心は誰にも起きる。本人が自覚し、自立してゆく事が大切で、大人が簡単に叱ってしまっては、素晴らしい魔法も只のカボチャになってしまう。

 
   
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