青焔会報 2000年1月号

 
   
ミトコンドリア  
米山郁生
 
   

 教室に入ってくる人達や子供達の瞬間の表情から、その時々の気が伝わる。各々の持つリズムや波調、精神力、気力。それらに対し今日はどうなのか、その人の持つ普段のリズムより、沈んでいるか高揚しているのか。それらを感じる度合いと、実際に絵を描いた時その違いが絵に表れているのか、自己の感情を押し殺して絵を描いているのかを、感覚的に身体で感じる様、努めている。

 不思議な事に障害を持った人や子供達の気力、エネルギーは驚く程強い。障害を持っているという弱さが、その人間の精神力を弱くするのではなく、反対に強く感じるのはなぜか。

 生命の誕生する時、母体の中で卵子のもとになる卵母細胞は680万個。その内の400〜500個がそこから選ばれ、毎月一個ずつ卵子になって精子を待つ事になる。その精子も男性の一回の精液の中の約4億もの中からたった一個の精子が卵子に受け入れられるのだ。精子の大きさは約1000分の5o。1000分の60o程の長い尾をくねらせて、卵子に突入する迄に二十三本の染色体を持って、人間でいうと150qの道のりを全力で泳ぎ切るのに似ているという。その過酷な競争の後にも生命は優性のものを保護し、トラブルを持った因子を排除しようとする機能が自然に働く。障害を持った個体は、持たない固体に競争で打ち勝った上に、様々な段階で生命を維持する事に対し、拒絶の反応を克服する事になる。障害を持った人達の生命力が強く感じられるのは、その状況の中にあっても自らの生命を誕生させた、その事にあるのだろう。

 精子は二十三本の染色体を持ち、卵子の中で二十三対になる。卵細胞の中には、生殖細胞の成熟分裂をうながすミトコンドリアが内蔵され、その働きによって細胞分裂に必要なエネルギー、栄養分を養う。すなわち男性の精子より強く、確かな遺伝情報を供給し、女性の卵子が生命体として育む役割を担う。生命の根元的な細胞の段階で、男女の役割が定められているのだとしたら、動物や太古の狩猟民族の営みもうなずける。子供達の絵を見ていたり、小学校や幼稚園の講演の中で母親の描いた素描を見て直感的に、子供を育てる上で母親の愛情の与え方が、子供の育ち方にいかに影響を強くしているかを説いてきたが、これも人間の誕生に関わって、理にかなうのだろうか。

 ここ数年、女性の人権確立の運動に伴って、女性の社会進出、権利主張が強くなってきた。人間としての権利主張が、生物学的見地から離れて、男性と女性の肉体的、本能的機能を同等にする事ではない。男性の精子の数の減少、能力の減退、子育てを拒否する女性が増加し、母体の中のミトコンドリアが機能しなくなってきたら、誕生してくる子供達は情感の乏しい中性的な人間が多くなるのではないか。遺伝子情報は確実にその人間の営みを子孫に継いでゆく。近い将来、喜怒哀楽の少ないロボット人間が支配する時、障害を持った生命が最も人間らしい生き方をするのではないか。

 西暦2000年。この価値ある節目を、何事においても根元的な部分迄見つめ、問い直して みたいと思う。

 
   
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