青焔会報 2000年7月号

 
   
 
米山郁生
 
   

 “不倫の子です”

 突然の母親の言葉に驚いた“えっ、あなたは誰にでもそういう事を言うのですか”“いえ、今初めて言いました。こういう講演の場に出るのも初めてです。”

 T市のある幼稚園で“絵から心を読む”話をした。講演の中でお母さん方に10分程度絵を描いて頂く、その絵と子供さんの絵を比較しながら、家庭の在り方、子供と親の内面、兄弟姉妹、父親との関係、母親の躾の状況を探ってゆく。M君の元気の無い、気の小さな絵が眼についた。そうした絵を描く子供の母親は大抵は強く激しい絵か、教育熱心で、性格が厳しく神経質な描き方をする人が多い。母親の躾の厳しさから子供が萎縮して描く為であった。しかしM君のお母さんの絵は、整った真面目な感じはするのだが、全体に暗く、不安気で寂しさがあった。親子の絵を見ていると直感的に二人でどこかに消えてゆきそうな感じを持った。

 殆どの母親に絵から伝わった様々な事柄を指摘、言いにくい事も皆の前で言ってしまう。その為、一人二人は涙を流す母親が居た。日頃我慢していた事がその核心を突く事で、又、一生懸命せき止めていたそのせきを、言葉の上からとしても一気に抜く事で緊張が取れ感情が溢れてくるのであろう。そうした母親に限って、翌年、母子共に絵が大きく明るくなる事が多い。

 M君の母親には皆の前で核心に迫ることははばかられた“親子でそんなに寂しくしていてはいけませんね、もう少し聞くことがありますから後で残って下さい”講演が終わってから幾人かの質問に答えた後、近くに人が居なくなるのを待って母親の第一声が“不倫の子です”であった。

 好きな人が居た、妻子が居たが子供が出来てしまった。おろすつもりであったが彼が“どうしても生んでくれ、自分が責任を持つ”と熱心に説いた。子供を生んだ初めの頃は彼が親切であった。だが二年の間に彼の足が遠退いていった。その後何も連絡もない。自分から連絡をするつもりもない、と寂しげに語った。彼の名前とおよその住所を聞いた。先方に連絡を取ることの了解を得て、男性がその地に健在である事を確認した。友人の弁護士に連絡、事の次第を説明して任せた。約2ヶ月、家庭裁判所で話はまとまった。

 M君が成人になる迄の十五年間、毎月、そして、盆、暮に気持ちを重ねて、併せて約900万円を養育費に。お金だけの問題ではあるまいが、女手一つで子供を育てる為にそれも重要だ。養育費は彼の奥さんが責任を持って支払うと告げられた。結審をした後、裁判所の一階で彼が待ち受けていて、涙を流して謝っていたという。

 形の上だけでの解決でなく、総ての人が心のわだかまりをなくして、子供のために前向きな結論を出した。今迄各々の人が心の中にくすぶらせていた問題を、各々の責任を果たす事で生きる意味を確かなものにした。

 母と子の寂しげな絵が、その方向を示した。

 杯を交わす中で、弁護士が “彼女にお似合いの男性が居る。バツ一だが是非紹介したい…… ”

 
   
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