青焔会報 2002年3月号  
   
偽装  
米山郁生
 
   

 なぜ景気が回復しないのか、経済が安定しないのか、答えは簡単だ、その大きな要因として政治が、信頼されないからだ。

 将来が不安になる、どの様な大きな企業であってもいつ、何が起こるか判らない、倒産、合併や提携によって、いつ仕事が無くなるか判らない。堅実な企業でも、事業はうまくいっていても銀行の貸し渋りで資金繰りがうまくいかなければ、忽ち倒産に追いやられる。これは大丈夫という基準が無い、そんな状況の中では国民は財布のヒモを緩める訳にはいかない。これまでの豊富な消費社会の中で必要なものはほぼ揃っている、二年や三年、何も買わなくとも衣食住さえ不便でなければ大して困らない。先行きが心配だからお金を使わない、物を買わないから企業は縮小、不景気が進むから給料が減る、だから益々お金を使わなくなる。政府は景気を良くしようと税金を投入する。ガサガサに乾燥した消費地帯にお金を投入しても、吸い込むだけで潤う筈はない。バブルの頃にいい加減な事業を仕向けた大手の企業に国民の血税を投入する。マイカルは潰してもダイエーは生かす、そうした論理が明確でない。デフレスパイラルは一層の悪循環を生む。政治に夢が無い、将来はこうなる、こうする、こういう社会を造り上げる為にこうしてゆきたい、そういう夢を政治家、政党は見せてはくれない。将来に可能性があったり、夢や希望が湧き老後の心配が無くなれば財布のヒモも緩くなる。

 雪印の牛肉偽装、大手食肉会社スターゼンの食肉偽装、業界トップの全農チキンフーズの鶏肉偽装、恥ずかしい事に大手の業界が目先の欲に促われる。

 アメリカと東京に学校のある、ある大学から名誉博士号を授与したいと通知が来た。その理由が絵画を通した福祉活動を高く評価し芸術学の名誉博士号を授与したいとの事。その大学に貢献している訳でもなく、ましてや立派な業績を残している訳でも無い。受諾すると学資50万、運営資金50万、その他任意の寄附があり穿った見方をすると、100万円で肩書きを買う事になる。中には東大、京大出身の教授陣。しかし私に与えられる正当な理由が無い。

 東京のある出版者から電話が入る。「貴方の作品がフランスの著名な評論家の推選でS賞を受賞されました」「それで」「是非お受け頂きたい」「どの作品が受賞対照となったのですか」「貴方の近年の作家活動に対してです」「お金はいくら要るの」「いやお金は必要無いのですが」「じゃあ貴方の所のメリットは」「いや、あのー、つきましては今度K誌に特集を組みたいので是非御掲載を」「いくらなの」「一頁二十万円です」「そう、貧乏人だから掲載してもお金払えないかも知れないよ」「あ、そうですか。じゃ又次の機会に…」―ガチャン―そんなやりとりは無数にある。10月東京で日本表現派展開催、その頃になると断っても執拗にかかって来る。失礼な人には「あ、今、親爺は旅行に出かけています」「先生は海外に出かけていつ帰るか判りません」と切りをつける。“米山さん勲章はいらんかね、地方の美術館に大きな絵を寄附して画商の証明さえもらえばいい”とある美術館の老職員。文化勲章や、功労者の事前運動の熾烈さを耳にする。ギリシャ神話や旧約聖書等の物語の中で、望みを叶えようとする時、絶対に振り返ってはいけない、もし振り返れば石になってしまう、という物語がある。人は人を振り向かせようと様々な御馳走を準備して欲望の淵に沈めようとしむける。 

 正当な働きに対し、それに見合った評価を与えるのなら良いが、評価や肩書きがお金によって左右されるのでは論外だ。作家はこれを受け鑑賞者に「私はこんなにもキラキラ輝いてますよ!」と表示してしまえば、素人に肉の見分けがつかない様に人肉偽装いや人格偽装となる。消費者が標示にだまされない様にしなければ、という意見もあるが、専門家でない限りそれは不可能であろう。本物を見極める事は大切な事だが、やはり総ての人が己の仕事に対し真摯になる事だ。真実を見せる勇気を持つ事、虚飾に頼ったり虚栄心を持たぬ事、世の中の不安定さは総て人間の虚偽、虚構の中から生まれて来たのだから。

 
   
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