青焔会報 2002年10月号  
   
相性  
米山郁生
 
   

 5年程になる。知人の女性から交際している男性について相談を受けた。離婚をして栄でブティックを経営、社交的で美人、評判が良かった、再婚の為の交際。相談に来たのだが実際別れる様子も無い。男性の写真は無いが名前と少しばかりの字があった。じっと見ている内に様々な情景が浮かんだ。“その男性はお金目当てである事、結婚をしており家族があり、事業の失敗等で名古屋へ逃げて来ている事、命にかかわるからやめなさい”と忠告、反発された。研究所の1階画材店を東に抜けるとJRの高架がある、その正面が画廊、すぐ右にアートサロンthis is itがある、主人は生きる事、自然、環境の事、心と精神の在り様等を奥深く問いかけて、芸術との関わりの中で活動を進めている、ある芸術家の個展に出かけた、半年振りにその女性に出逢った。this is itの主人とも友人であった、まだ交際を続けているという。“命にかかわるというのになぜ”と強く怒った。女性は何となく同意をした様子を見せた。その3ヵ月程後、連絡を受けた“自分も不信を持って来た”という、男性は金にルーズ、住所を言わない、連絡先が無い、行動を一切明かさないと言う。一週間後、電話が鳴る“助けて下さい”警察に届ける事、一人で行動しない事、絶対に逢わない事を告げた、一緒に居た友人にも頼んだ。翌日、殺された。敦賀からフェリーで北海道に運ばれ焼かれた。

 同じ頃、会員のSさんが研究所に友人を連れてきた。彼の絵を見てくれという。瞬時に、良い時は心強く親切だが暴力を振るう様になりますよ、早く別れた方が良いと告げた。何回も訪れた、相手を傷つけない様、時間をかけて別れる事を助言した。思慮深いその女性は相手を説得した。一時“お前を刺して自分も死ぬ”と迫った。一年半程して、表現派展に新しい彼氏を連れて来た。“いい人だね”と告げた。その後結婚、3年になる。9月の終わり “幸せにやってます”とSさんとたずねてみえた。

 日本福祉大学、作業療法士になる為の学生達の講義。毎年一年生の始めての授業の中で全員に絵を描いてもらう、一人一人の性格を告げてどの様な事に心がけ歩んだら良いかを助言する。生徒達が45人全員の絵を並べ、相性を見る様に求める。4年前のこと、一番相性のいい人はと問われる。車椅子の青年Y君と一人の女学生の絵を取り出す。今年の春、体調の関係で一年留学をしたY君が卒業の報告に来た。“先生、僕達結婚します。一年程前から交際していたのですが”二人とも、入学をして始めての授業で二人の相性がいいよと言われた事をまったく忘れていました。偶然の一致ですね。とさわやかな顔で伝えられた。

 この7月、介護福祉士の学生の授業の中で、自分の作品を前に出し、その心理について皆で話し合う時間を設けた。一人の学生の絵が暗く弱かった。総括の時“何をそんなに悲しんでいるのか”と問いかけた。“幼稚園の頃から兄弟の様にしていた友人が交通事故に遭った。トラックの下敷きエンジンの下にはさまれ両足と腕が骨折、意識不明の重体、どうしていいのか判らない”という。“その友人を本当に助けたいのか”“助けたいです”“本当に助けたいなら心の底から彼のことを念じて絵を描きなさい、その絵を彼の枕元か壁に飾ってもらいなさい、あなたの真剣さが通じたら必ず意識は戻ります”と伝えた。授業は木曜日、土曜日の夜まで彼は真剣に絵を描いた。土曜日の夜病院へ持参、看護士さんに事情を話した。月曜日16時30分、意識が戻った。翌週授業の時に御礼を言ってきた、しかし、まだ昔の記憶が戻らないですと沈み込んだ。“では彼と共通の想い出の物を一品ずつ、何も言わずにさりげなく彼の目線の届く所に置いておく様に”と言った。8月夏休み彼から連絡があった。“先生、総て記憶が戻りました、今、運転もしています仕事もしています”電話の向こうではずんだ声が響いていた。

 “先生、Tさんの付き合っていた人、人を殺して捕まりましたよ”教室で2,3の生徒が私に告げた。12年の初夏、会員のTさんが交際している男性の絵を見せた。“事件を起こす様な人だから止めなさい”と命令調で言った。彼女は泣いて怒った。絵の一枚位でそんな事判る筈無い、何度も何度も抗議に来た、その都度強く反対した。“命にかかわる事、絶対駄目だ”“先生は彼の悪い事ばかり言っていい所いっぱいあるのに”他の生徒にも愚痴を零した。彼女も一抹の不安があるのだろう、だから、怒られても泣きながら抗議に来る、数回繰り返し交際を止めた。その年の9月、研究所も辞めた。丁度2年、10月の始めにTさんから電話があった。“先生、あの人強盗殺人、死体遺棄で捕まりました。私の絵の道具まだあるでしょ、又描きに行きます”

 絵は精神を表す。線が心の在りようを、色は時々の気分、思想を、構成は気概を、タッチは心のゆれを、完成迄の積み重ねが精神の持続性を、それらのものから、描いた人本人を浮かび上がらせる。

 “芸術は人なり”と言う。立派な思想や、知識、技術があればいい絵を描けるのではない。ものをよく見て一生懸命、真剣にそして中途半端にしない、それがいい絵を描く秘訳であり、いい人を育てる事なのだ。

 
   
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