青焔会報 2003年9月号  
   
腹芸  
米山郁生
 
   

 二年振り、新栄教室へ友美ちゃんが元気な赤ちゃんを連れて来た。20才、以前と変わってゆったりとしたいい顔をしている。お母さんも一緒「ここの教室はこの子にとって気持ちの安らぐ場所だったんですね。」色々あった。後や横を見ないで真っすぐ前を見て進んだ、その結果が可愛い赤ちゃんと本人の笑顔で証明された。子供を抱いた。7ヵ月9400g、目鼻の整った、澄んだ顔をしている、重い。子供達のレッスンの中に連れてゆく、突然、浩生君が「先生!いつ生まれたの!」いや正確には「先生!いつ出てきたの!」と私のお腹を見て言った。「きのうだよ」周囲で絵を描いていた子供達が一せいに私を見る。抱かれた赤ちゃんと私の腹を見比べる、子供達の夢?を壊してはならないと腹をへこます。皆納得した様子、間髪入れず優斗君が「先生、男の人は子供生めないよ!」と反撃。「昔はね。最近は男の人も生める様になったんだよ。」「うそだよー、生めないよ!」「家に帰ってお母さんに聞いてごらん。」納得したのか、こんな先生相手にしても仕方が無いと思ったのか沈黙。何年も前から、子供達とお腹の話しになると叱られる。4,5歳の子供達にも「先生やせなきゃ駄目だよ」「ビール飲んじゃいかんよ」「ダイエットしたら!私のお父さん細いよ」「そんなに太ると死んじゃうよ」最後は必ずお腹に何が入ってるのとなる。「赤ちゃん。」一年経っても二年経っても、同じ問答。「どうして赤ちゃんずっと入っているの。」「中で眠ってるから。」「生まれるのイヤだってダダこねてるから。」教室に来るなりお腹をタタく子、頭突きをする子、自分もお腹を突き出して腹相撲をしてくる子、ストレスがたまると中学生になっても力いっぱいパンチをしてくる子、思い思いに私の腹にあいさつし遊んでゆく。その為にも中々小さく出来ない!?。

 高浜教室の沙也加ちゃん、元気が無い。迎えに来たお母さんが「夏風邪で3日間何も食べてない。『学校休んだから絵の教室も休んだら』というと『絵の教室は絶対休まない。ここへ来るといやされる気がするから』と答えた」という。他のお母さんが本人に何でいやされるのと聞くと私を眼で追いボソッと「あれ…。」私は「あれ」かと一瞬思ったが、いや「あれ」は私のお腹なのだろう。

 子供達との対話は言葉だけとは限らない。眼であったり、手であったり、時には身体中で表現したりする。もちろん腹芸もある。叱られて泣きぐずっていた子がいた。お母さんは「あちら」を向いている、その子の眼の前に立ってさりげなくお腹をすぼめた。一瞬ズボンが下がった、20p程下がって腰骨の所で止まる。子供達が何事かと驚いて見つめる。ズボンを上げる、また腹をすぼめる。三度もやると皆大喜び、何事かと母親がこちらを見る、何事も無かった様に素知らぬ顔。又向こうを向いた瞬間に「ストン」、泣きぐずっていた子は笑いころげてスケッチブックを広げる。これは度を過ぎるとまずい。子供達がもっと下げろとズボンを下ろしにくる。そんな所をお母さん達に見られたら大変だ。芸術は止揚である、やり過ぎてもいけない、やり足らなくてもいけない。

 新栄教室、2年生の琴美ちゃんは染色体の異常によって多発奇形。口を一文字にしっかりむすび意思の強い思慮深い表情をしている。千種聾学校に通っていたが御両親が「この子の為に」と岡崎聾学校に転校させた。その為に住まいも変わった。絵は続けたいと往復3時間余もかけて研究所に通う。この子の為にと努力する御家族の方に頭が下がる。暗い絵を描いた寂しげな日、帰り際に握手をする為に彼女の眼の前に手を差し出す。驚いた様子で私の顔を見つめる、少しためらっていたがゆっくりと私の手を握った。小さな手の、手の平は殆ど無い、腕から直接指が2本に分かれている。左手は3本の指、親指の第一関節が二つに分かれ小さなつめが二つ。心臓、のど、両足とこれまでに手術は5回、耳が聞こえない。2本の指が私の手を握り返す、彼女の手に力が込もる。自分の手と他の子の手を比べて小さいながら心が沈むのであろう。"そんな事気にしなくていいよ"と心の中で呼びかける。障害を持った子は人の心を読み取る反能はすこぶる早い。絵も大きく表情も一段と明るくなった。最初は彼女の手を気にしていた子供達も何の不思議も持たず手を合わせて挨拶したり手話にも興味を示している。

 子供達には、どんな状況も真正面から受け止め素直に対応する事が望ましい。子育ては難しいという、その子の持つ本来の姿を変えようとするから難しい。楽しい時には楽しみ、悲しい時には悲しい顔を見せ、怒る時には素直に怒ればいい。子供達は状況をしっかりと把握しており親の純粋さ、真剣さを見て安心して育つものなのだ。

 空気がのどかだ。日本表現派展の搬入も終った。教室の学生さんの作品に手を入れる。日が経ってうっかり自分の手を入れた部分を誉める。「先生そこは先生の直された所です。」とは言わないで、ニヤッと笑って「それ程でもないですよ!」先週濁っていた色が見違える様に美しい色に変わっていた。作品を見て「あ、きれいになったね」と言うと、くるっと振り向き「私、そんなにきれいになったですか。」

 
   
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