青焔会報 2004年6月号  
   
会話  
米山郁生
 
   

 ベルが鳴る。男性の声、「絵で心が判るのですか。」「判ります。」「それは絶対ですか。」「絶対ではありません。」「絶対でないという事は本当ですか。」「はい、本当です。但し危険信号を発したり何かを感じさせたり、心の状態を表わす事はあります。なぜですか。」「実は家内が絵でアドバイスを受けて落ち込んでしまって。」「それは私からですか。」「いや。」「誰かから聞かれたのですか。」「そうです、その人の名前は言えません。その人に悪いので。」家庭でもめた様子が眼に浮かぶ。絵でアドバイスをする時は本人の性格を見、問答の中から様々な状況を探り、結果的に落ち込んでしまう状況は絶対につくらない様配慮している。その絵から表われる可能性を伝える、一つずつ問いかけ確認をし、その結果どうすれば良いか、どうするべきか、その方向づけを本人の納得した中で結論づける。必ず、生きる事や育児、生活する事に前向きになる為のアドバイスをする事を告げた。「あヽそれで安心しました。」

 アートセラピーの話をする機会が度々ある。様々な人から、問題を持った人や、作品、子供の絵に関して母親にどの様に語れば良いかその方法論を尋ねられる。絵が暗号の様に総てを語っている訳ではない。それは様々な要因を複合的に重ねあわせて持っている、その中で問いかけ、探り、組み立ててゆくのだ。

 画面の中にどれ程の大きさで描かれているか、何が描かれ何を訴えようとしているのか、どの様な色を使い色の構成はどうか、線の強さ弱さ、神経の持ち方、不安、恐れ、感情の動きはどうか、絵を描き進める精神の在り方、絵に対する集中力、その持続力はどうか、描こうとする気力と絵から離れてゆく気持ちはどれ程の完成度の中から表われているか、画面の中の心の状態は、絵に対する構築性に対し無気力感、破壊性はどうか、筆を置く迄の心の動きを知る事は作者の心の中を知る上で重要な事だ。

 ある研究会、子供の絵を見てそのこころを解き明かしてゆく中で私の言葉を母親にそのまま伝えて良いかと問いかけられた。お断りした。問題の無い明るく楽しく、前向きで精神力の強い作品はそのまま伝えても問題は無い。問題を持った絵の場合、聞く人の健康状態、精神、心のあり様を顔や問いかけ答える表情の中からつかみとり、その人に合った言葉を選ばなければならない。不用心な言葉が心を不安定にしたり暗闇に押し込んだり、破滅に導く事もある。ではそうした事を学ぶ事は不可能かと思われるがそうでは無い。絵を描いた人の身になって絵を見、それを見て語る人の気持になる、そしてアドバイスを受ける人の身になって言葉をかける。各々の立場の人に同化する心使いがあれば充分可能で難しい事ではない。自分が教えてやるのだ、指導するのだという驕った気持ちがあると間違いが起きやすい。共に考え共に知恵を出しあい共に努力する、そうした中に問題を持った子供や人は一歩一歩前に歩もうとする気力を持つのだ。

 6月1日佐世保市で小学校6年の少女が同級生をカッターナイフで殺害した。単純な心の動きだけでこれだけの問題が起こる事はあり得ない。幾重にも重なった心の葛藤がそうした行為をさせるのであろう。事件の起こる6ヶ月前、12月に加害者は奇妙な絵を描いた。眼のくまか又はつむった様な眼と上下に大きく見開いた眼を持つ幼児か人形か、犬の様なキャラクターが座っている背後から三匹のヘビがキバを向き舌を出して迫ってくる。この絵を見ていると思春期の成長の中で純粋であった過去と異性を感じさせるヘビの、大人になってゆく肉体の制御し切れない葛藤を感じさせる。色彩も異様な雰囲気を持つ。過にこの時危険信号は発せられていたのだ。

 昨年起きた長崎市の7階建て駐車場屋上から幼児を突き落とした12才の少年も半年程前、6年生の時の自分のプロフィール似顔絵の欄で私の感じではドラえもんの仮面をかぶった少年が犬を傷つけ腹わたをえぐり骨の露出した状態を見せつけている様に見えた。空には三日月が出、その中央に異様な雲が突きささっている。二枚の絵は図柄こそ違うが自己の内面からわき出る異常なエネルギーをコントロール出来得ずに暴発させる幼い精神があった。二人の絵の実際に描かれた作品を見てみたいと強く願った。

 これ迄度々起こる少年犯罪の子供達の絵の中には何らかのメッセージがあると思う。それらの中からどの様な危険信号が発せられているのか、明らかにする事によって犯罪の暗部も読み取る事が出来るであろうに。

 小学校6年生の子供達はパソコンでチャット(会話)をしていた、それが引き金になったという。姿の見えない会話は会話にはならない。人間の心に機器が介入する。社会的にみてもインターネットは機器を使う事だけに夢中になってはいないか、心の部分を置き去りにして機器に操られてはいまいか。特に子供達が表現力を更にとぼしくしてチャットや携帯のメールに夢中になる様に。

 事件を誘発する要因は増大している様に思う。相手の顔を見て語り合わない限り、誤解や憎悪、嫉妬や怨念は増殖してゆく。アートセラピーの様に常に相手の顔や表情を読みとり語りかけをする、ゆったりとした時の流れが人間には必要なのだ。

 現代社会は人間の歩みよりはるかに早く相乗的に経済や文明が走り過ぎてゆく。それをしっかりと見すえていないとこうした事件は後を断つまい。

 
   
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