青焔会報 2004年7月号  
   
アバター  
米山郁生
 
   

 先月号『会話』の中、長崎市、佐世保で起きた小学6年生のカッター殺人事件に関し、子供達の実際に描いた作品を見てみたいと書いた。一週間後、全国紙のある新聞社、佐世保支局から「事件の当事者の子供達の交換ノートが手に入ったので、そこに描かれている絵から心理を読み取って欲しい。少女達の胸の内を探ることが真相解明につながると信じているので。」と電話があった。
送って頂いた。

 加害者、被害者の描いた絵と文字が10数枚のモノクロ、カラーコピーの中から伝わってくる。新聞や週刊誌にも報じられた、加害者少女の描いた6枚の人物画は、少し神経質であるが探究心が強く几帳面、筆圧も強く内向的な面も感じさせ個性も強い、友達から自分の絵の評価をされてから動揺した様子も伺える。交換ノートが進むにつれ、友達との諍いが増し線に心の揺れが伴い神経質な面が強く出てくる。一方被害者の少女の絵は何でも手際良く熟す力のある子なのだろう、快活で雄弁、外向的、自分の思った事はしっかり発言してゆく子で、タッチ、感性は少し荒いと思った。この両者は意気投合すれば集団の中でリーダーシップを取り、互いに協力して大きな力を発揮する事が出来るが、対峙した場合お互いの個性を潰し、力と力の衝突になる。第三者が加わった場合事は更に重く沈み加速する事になろう。子供達の社会的な体験の皆無の様な状態で、交換ノートがコミュニケーションを深め友情を高める為の有意義な手法として存在したのだろうか。交換ノートの存続はお互いを称え合うという基本的な姿勢が無ければ持続出来まい。ライバル意識を持った友達関係の中では大きな、広い心の余裕のある人物がリーダーシップを取るか、補佐役に居なければ人を批評し、批判し、差別、破壊する方向に向かってゆくのだろう。

 加害者は5月下旬ホームページに書き込んだ。「汝のことを笑いものにした愚かなる敵を笑いものにしたいと望むなら汝が望むとうりに敵を操る事の出来る恐怖の紫ドクロの呪術を行うが良い」 二人はネットでアバターをやっていた。着せかえ人形の様なもので、ホームページの掲示板に自分の分身として画面上に登場させるキャラクター人形。服装、装飾品、髪型等を自由に替えてオリジナルなキャラクターを作り上げる。仲の良かった被害者と同化しようとしたが出来ず、アバターを分身としてそれを目論んだがそれもかなわず、最後はアバターを消すべく本人自身を消去したのではないか。虚構と現実の狭間の中で虚構の中に入り込み過ぎると人は現実の社会性を失ってゆくのだ。

 痛ましい事件はなぜ起こったのか。交換ノートから推察する限り、加害者の心の動きは当初真面目で特別におかしな状態ではなかったのではないか。友達関係の中で批判され、疎外され孤立してゆくに従って内向的、無力感を持つ。しかしそれに反発する事により相反した感覚の中で自己を分化していった。家庭の中でも充分自己を出せなかった。パソコンの掲示板の中で親は死んで居ない、親を亡くしてさみしい気持ちが判るかと詩に託して書いている。親が居るのに亡くなったと記す、その気持ちの中に親を求めていながら自分にとっての愛情の不足を訴えているのだろう。

 交換ノートやインターネットには限界がある。顔の見えない会話や、隙間の多い問答にはトラブルが起きやすい。自己発散の唯一ミニバスケットも取り上げられた。塞がれ閉じ込められ、嘲笑され、責められた時、自己を取り戻す為にはどうするか、我慢するか閉じこもるか、心の弱い子供なら自殺に追い込まれたのだろう。加害者は内面の性格の強さ故に攻撃的、破壊的になったのだと思う。そして思春期の知覚と肉体のアンバランスが自己のコントロールを感情の中に埋没させていったのではないか。

 子供達は社会の有り様を本能的に自己の体の中に滲み込ませてゆく。現代の不安定な政治、経済状況が子供達の心の中に大きく潜んで、心を蝕む事は無いのか。イラク戦争にみる様に大人の社会の出来事が矛盾した社会状況が子供達に反映しないという事は有り得ない。憎しみを露にし殺戮を繰り返してゆく戦火の中で、弱き者が常に犠牲になる。世界が善悪を究め平和を追求してゆく努力をし、その姿を見せれば子供達は未来に対し、友人に対し前向きな思考をするであろう。日本の社会の、戦争に追随してゆく世相が子供達の心を閉鎖し、混乱させてゆくのだと言っても過言ではなかろう。

 こうした事件が起こる度に徹底した原因究明を求められながら加害者の異常性を主原因として闇に葬られる。それは物事の本質を見極めようとしない事無かれ主義の思想からくるものだ。子供達の為に何が必要であり、何が可能か。彼等の事件は私達総ゆる人々の心の中に深く根ざした事件でもあるのだ。

 
   
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