青焔会報 2005年6月号

 
   
赤ワイン  
米山郁生
 
   

 色を重ねる。最初からそのままの色を作り塗ってしまえばすぐ出来上がる。何度も何度も労力を費やさなくても一度で完成する、と思うのだがその出来上がりが違う。なぜ色を重ねなければならないか。絵とは本来、自分の思い、想像、祈り等を表わす行為でもあるが、そのものを再現する事も重要な手法となり目的となる。窓辺に置かれた緑色、半透明、中には赤ワインの入ったビンを描くとしよう。外からの光が彩度に変化を作る。彩度とは色の強さ、あざやかさである。各々の色相で最も彩度の高い色はそのままの純色であり、白、黒、灰色の無彩色を混ぜると彩度は低くなる。赤ワインがビンの色と光に反映してほのかにゆれる。デッサンをとり色を塗る、表面的に見えた色を塗る事は容易であるがその本質に迫れない、質感が出ない。見える色は単純に見えるがよく見ると複雑な変化や深みがある。緑のビンを描く。まずその色相をみる。色相とは赤や青、黄色といった色あいの事であり、無彩色に色相は無い。ビンの色から緑色を何%、黄色を何%。青や紫も入っている。当然ワインの赤が透けて見える。様々な色を感じるとして、そのどれもの色を同時に混ぜると色と色が殺しあい暗くニブって濁りやすくなる。

 有名な画家の初期の作品に暗い絵が多いのは、色を真実に近づけようとして追求、模索するからなのだろう。緑のビンを塗るとしても緑をそのまま塗るより、黄色を塗って乾燥した後に青色を薄く塗ると、青を透過して黄色に届きその両方の色が生きて透明感のある美しい緑が出来る。油絵具は乾く迄にその色や塗る厚みにもよるが一週間程を要する。その上、ガラスのビンに当った光と影、透明感、更には中に入っている赤いワイン、そしてその半透明の色を透過して向こう側にある色や、ビンに反射した様々な物体の色、材質感、等を描こうとすると単純に数回の重ね方で表現出来る事はあり得ない。

 写実的な表現に於いてもそれだけの要因があるのだから、描いている時の作者の感情を加えたり、ワインの味を感じさせたり、ワインを作った人や国、地方を考慮してゆくとビン一本の中にも無限に広がる表現の可能性を持つ。いい絵とは、どこまで深くそれを感じ、表現出来るか、にある。又、油絵具は乾いてから塗る事により色の濁りは防げるが、水彩絵具は絵具が乾いてからも前に塗られた色が後の絵具の水分に溶けて混ざりやすい。絵具を重ねる時、重ねる色との濁り具合を見て水の量の調整、筆の扱い方、描き方を変える。例えば、混ぜると濁る色を重ねたい時には、下の色が溶けない様に水を少なくし、やわらかい筆を使い、下の色の上をなぜる様に軽く筆をすべらす等の工夫をしなければならない。

 描画材料も様々だ。クレヨン、クレパス、フレスコ、テンペラ、透明水彩、不透明水彩、墨、日本画、油絵、コンテ、木炭、パステル、アクリル、と時代と共に様々な分野が開拓されるとそれに伴なって種々開発される。描画材料は色々あっても、その元になる顔料は全部同じだ。同じ顔料を混ぜ合わせる接着剤、これを展色材というのだが、その違いによって描画材料の種類も違ってくる。例えば顔料とロウを混ぜればクレヨンに、油脂はクレパス、アラビアゴムを濃くすれば透明水彩、薄くすれば不透明水彩、ポピーやリンシードオイルであると油絵具、膠は日本画や墨、アクリル樹脂はアクリル絵具と言う様に顔料の粒子をつなぎ合わせる接着剤の違いが様々な描画方法を生む事になる。

 とすれば、その顔料を塗り込む基底材、紙やキャンパス等を工夫すれば描画方法は数え切れぬ程の表現を生む事になる。

                     次号へつづく

 
   
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